2.1 主和音の直後


第2部では,転調のつなぎ目部分での,具体的な各種テクニックについてご紹介していきたいと思います.

この時キーポイントとなるのは,主和音(I度:トニック)と属和音(V度:ドミナント)の二つです.

第1部で少し触れましたが,I度の和音が「おわったー」という安心感を与える(全終止)のに対して,V度和音は「次に続く感じ」を持つ(半終止)のでした.特に(減5度の響きを含んだ)V7和音が出た場合は,直後に解決の和音が欲しくなります.

転調は自由で,どうつないでもよいはずなのですけれど,基本的にこの主和音と属和音を軸に考えるとスムーズにつながっていきます.

 主和音 - 主和音


いちばんシンプルなのは,元の調のI度と転調先のI度を,そのまま接続してしまう方法です.

C-D

♪例題a(C→D)

C-Dur(ハ長調)からD-Dur(ニ長調)へ転調させています.距離はシャープ二つ分で,かなり飛びやすい範囲ではあります.こういう場合には,主和音から次の調の主和音へと直接つないでしまっても,あまり違和感なく通って行きます.

これは,<フレーズをきっちり主和音(完全終止)で閉じた直後は,聴き手も安心しているので,たいてい何の和音が鳴っても大丈夫>という性質を利用しているのです.

ただ,調の距離が離れていくにつれて,この「やや原始的な方法」ではつらくなっていきます.この場合は1クッション置く意味で,あいだに和音を挟んでやるとスムーズに飛べます.

C-(D:V7)-D

♪例題b(C-D:V7-D)

クッションの和音としては,一般的に転調先の調のV7が選ばれることが多いです.V7-Iの強進行を呼び起こして,その転調に必然性と説得力を与えるのですね.V7で強すぎる場合は,V度だけ(セブンス抜き)でも構いません.強進行であることに変わりはないのです.

ただこの場合,転調元のI度からクッションの和音へうまくつながるかどうかも,すこし考慮しないといけません.上の例題では,「ド-ド#-レ」という横の流れを作って対処しているのがわかりますでしょうか.

ちょっと応用編になりますが,補習1-4の方で少し話が出ましたように,V7和音のエッセンスは<減5度>の響きにあります(ここではド#-ソ).したがってこの2つの音を含んでいれば,クッションの和音は特にV7にこだわらなくても,他の和音でも代用が利くことになります.特にド#は次のレへの<導音>(どうおん)になっていますので,極端な話,この音さえ含んでいればいいかもしれません.

またV7ではなく,1-3でチラ見せしたナポリ6度や増和音(オギュメント)などの,ちょっと特殊な和音を利用することもできますね.いずれにせよ,元の調の音階に無いはずの音が鳴ると,新しい調へ飛ぶぞという兆しになるのです.これが転調を準備します.

ですからこのクッションの和音には,時と場合によっていろいろバリエーションを持たせることができるのです.書き手の個性が現れる部分なのですね.

 主和音 - 属和音


次に,元の調を主和音で閉じた後に,新しい調のV度が鳴るケースについてお話します.恐らく最もポピュラーで,出現頻度の高いケースではないでしょうか.

これは例えば,三部形式の曲で,中間部(属和音に始まり属和音に終わる)の開始部分によく発生するパターンです.ポップスの方でも同じように,BメロをV度で書き始めることが多々あると思います.

ベートーベンのピアノソナタ第8番《悲愴》より,第2楽章を見てみましょう.有名な曲ですから,ご存知の方も多いかもしれません.

こんな曲です(冒頭部分,mp3)

image

As-Dur(変イ長調,♭4つ)で書かれたこの曲は,中間部で

まず同主調の
as-moll(変イ短調,♭7つ),
そして更に
E-Dur(ホ長調,#4つ)へと転調した後,

さいしょのAs-Durへ戻って終わります.

注目すべきは変イ短調からホ長調への変わり目です.ここには<主和音 - 属和音>とつなぐケースが発生していますが,つなぎ方にも注意してご覧になって下さい.

楽譜(抜粋,別窓で開きます)

♪《悲愴》第2楽章より中間部(as-E)

この楽譜(抜粋)の6小節目の頭で,一気にE-Durへ飛んでいます.mp3ファイルの0分19秒あたりです.

5小節目の和音はas-moll,コードにしてA♭m(エーフラットマイナー),これは転調元as-moll(変イ短調)の主和音です.対して6小節目の頭はH7,コードではB7,これは転調の目的調E-Dur(ホ長調)のV7和音に相当します.

つまりこの部分の和声進行は,

(as-moll:) I - (E-Dur:) V7 - I - v:V7 - I

となっております.<転調元の主和音>から<転調先の属和音>へダイレクトにつないだ好例と言えます.7小節目にドッペルドミナント(ごどごど)が出て,すぐさま主和音に回収されている様子も見えますね.

転調を入れる位置が面白いと思います.「ラb-ドb-シb-ラb-ソ-レb」を一度聞かせた後ですから,2回目にまた「ラb-ドb-シb-ラb-」が来たときに,聴いている側は次にソが鳴ることをなんとなく予想してしまうんです.そこを裏切って,1オクターブ上のファ#に入ります.ソとファ#が半音しか違わない点も大事なところです.このあたりの<プロのテクニック>はとても参考になりますね.

さて,as-moll(♭7つ)からE-Dur(#4つ)と言われると,とても遠い調へ飛んでいるような気がしませんか.でも実は,as-moll(変イ短調)というのはgis-moll(嬰ト短調,#5つ)と同じことなのです.嬰ト短調からホ長調なら,#がひとつ減るだけ,つまり近親調です.恐らくベートーベンは,この曲をAs-Durで書き始めていたので,as-mollに転じた時にそのままフラットを3つ(臨時記号で)追加しつつ,書き進んで行ったのでしょう.

ということは,

as-mollの主和音(ラb,ドb,ミb)=gis-mollの主和音(ソ#,シ,レ#)

ということになりまして,これと次に鳴らされた

E-Durの属七和音(V7):(シ,レ#,ファ#,ラ)

とを見比べてみると,シ,レ#の二つの共通音を軸に,和声がスムーズに受け渡されたことがわかります.楽譜をよーく読んで,ベートーベンのテクニックを学んでみてください.

いずれにせよ,主和音の直後というのは転調の大きなチャンス!なのですね.


今日のまとめ
1.主和音の直後は,近い調であればダイレクトに接続可能
2.クッションの和音は転調先のV7や各種変化和音を考える


(上で使用したmp3ファイルのフリー素材は,
クラシック名曲サウンドライブラリー様にお借りしております.感謝)

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