カフェ・ド・ブラームス

ciel gris


空には灰色のカーテンが垂れ,細やかな雫(しずく)が木々の葉をピアニシモで鳴らし続けている.そんな憂鬱な日には,熱い珈琲を飲みながらブラームスの音楽にじっと耳を傾けているのがいい.やがてその調べが,古くからの友人のように優しく語り出す.

ブラームスの音楽には,それなりの年齢を重ね,苦い思いを味わってきた者にしか理解できない部分がある.それはちょうど,幼い頃には珈琲の味を理解できないようなものだ.砂糖やクリープは,微量であれば珈琲の味をまろやかに引き立たせ,深みを添える.しかし一度さじ加減を誤れば,立ちどころに本来の香りや味わいをかき消してしまうだろう.彼の作品はかたくなに見えて,内面はとても繊細なのだ.

もの静かで不器用で,あまり女性にはモテないんだけれど,でもじっくり話をしてみたら,実はとても心優しくて感受性豊かで,しかも思慮深い.ただ甘やかすのではなく,優しさが時に厳しさを伴うことについて,よく知っている.そんな古い友人と,お互い歳を取ってから暖炉の傍で談笑しているような安らぎが,彼の音楽からゆっくりとあふれ出る.そしてブラームスの調べが紡ぐ,あのどこか濁ったような響きの奥には,珈琲のほろ苦さにも似た,深い哀しみといたわるような愛情がある.

(2004年11月)


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